top of page

有名じゃなくても素晴らしい!隠れた世界の名画を紹介!

更新日:2024年7月31日




世界中にはたくさんの美術館があり、国内外で名前が知られているアーティストの絵画や彫刻などが数多く展示されています。旅行のときの観光スポットとして美術館を訪れる方もたくさんいるでしょう。実際に美術館に足を運んだ方の中には、有名なアーティストだけでなく、アーティストは知らなくても作品に心を奪われる経験をした方もいるのではないでしょうか。


世界には、無名であっても素晴らしい作品を生み出しているアーティストが数多く存在しています。この記事では、一般的にはそこまで有名とは言えなくても、知る人ぞ知る隠れたアーティストとその名画をご紹介します。この記事をきっかけに、個性豊かなアーティストの産み出す作品たちに少しでも興味を持って頂ければ幸いです。

 

 


目次

1.謎めいた作風で知られるスイスの画家パウル・クレー

2.イングランド国歌で有名な画家ウィリアム・ブレイク

3.「現代ポスターの父」レオネット・カッピエロ

4.知られざるイスラエルの画家、レッサー・ユリィ

5.ピストル自殺を遂げたドイツの画家エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー

6.世界で有名になった無名日本画家、渡辺省亭(せいてい)




1.謎めいた作風で知られるスイスの画家パウル・クレー

最初にご紹介するのは、パウル・クレーの作品です。パウル・クレーはスイス生まれの画家です。


彼の作風は、表現主義やキュビスムなど複数の芸術運動に影響されていることから、特定の「派」に分類することができず、独特かつ謎めいているものと言われています。

絵を描くこと以外に音楽や詩にも親しんでいたことは、ユーモアや子供のような視点を含む表現の土台になっています。

クレーの代表的な作品のひとつに、「5月の絵」や「新しい天使」があります。





5月の絵は、ダンボールに油彩で描かれた作品になっています。

クレーは、1919年に創立された美術学校「バウハウス」の主要メンバーでした。


この作品は、一度廃校になったバウハウスが1925年春に再開した頃に完成したと考えられています。七色の虹の色や、異なるグレーで彩られた石のような形が特徴です。


現在は、ニューヨーク市マンハッタンにある世界最大級の美術館、メトロポリタン美術館に所蔵されています。



もうひとつの作品「新しい天使」は、クレーの人生において困難な時期に描かれた作品で知られており、クレーの内面の悪魔と恐怖を表現していると言われています。技法には油彩転写という独自の技術が用いられ、他のアーティストの作品にはあまり見られないものです。他に類を見ない技法を生み出すところや、教育者としての理論も含め、クレーは20世紀後半の大部分においてさまざまな画家や芸術運動に影響を与えました。



2.イングランド国歌で有名な画家ウィリアム・ブレイク

ウィリアム・ブレイクは、詩人であり、画家であり、銅版画職人でした。

事実上のイングランド国歌として知られている「エルサレム」は、彼の預言書『ミルトン』の序詞に曲がつけられたものとして知られています。


生きている間はあまり世間に認知されておらず、独自の考えを持つことから変人扱いされていたブレイクですが、表現力や創造性はのちに高く評価されるようになりました。

ブレイクの主な水彩画に「巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女」があります。




この作品は1805年から1810年にかけて作られた「巨大な赤い龍」の水彩画シリーズのひとつで、新約聖書の中に書かれている一節を描いたものです。


その内容は、クリスチャンが信仰を保ち守るように、との警告であり、背教に対する寓話が述べられているものでした。

この頃のブレイクは、任命を受けて100作を超える聖書の挿絵を描いていました。現在はニューヨーク市内ブルックリン美術館に所蔵されています。


宗教とアートは切り離すことが難しく、ブレイクの場合も宗教的な感情や幻想的な資質が反映された作品が多くなっています。



3.「現代ポスターの父」レオネット・カッピエロ

レオネット・カッピエロは、イタリアで生まれ、主にフランスで活躍した風刺画家、ポスター画家です。幼少よりリトグラフなどの芸術に触れて育ったものの、美術学校などの専門的な教育機関には通わず、独学で絵画を学びました。


その後、プロとしては漫画家としてのキャリアをスタートしましたが、のちにさまざまな社会風刺画を描くようになり、「現代ポスターの父」と言われるまでに活躍しました。


カッピエロはジャポニズムの影響を受けたアーティストとしても知られており、「ミリー・マイヤー」など曲線美を活かした作品を多く生み出しています。




カッピエロは、最初は漫画家として活躍していたこともあり、商業的な観点も持ち合わせたアーティストとして活躍しました。

そして、1900年頃からはポスター画家としてたくさんの作品を生み出しました。


黒い背景に鮮やかな色を対置することで幻想的な雰囲気を醸し出す手法は彼の代名詞となり、その後のポスター芸術の地位を確立しました。



4.知られざるイスラエルの画家、レッサー・ユリィ

次にご紹介するのは、まさに「知る人ぞ知る」という言葉がふさわしいイスラエルの画家レッサー・ユリィです。日本で名前が知られるきっかけとなった代表的な作品のひとつが「夜のポツダム広場」です。

 

日本でユリィが注目されたきっかけは、三菱一号館美術館で2021年10月15日から開催された企画展「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」です。この企画展は、コロナ禍での開催に関わらず大盛況となり、開催初日からユリィの作品の絵葉書が売り切れるほど、美術ファンの中で人気になりました。


この企画展では、「夜のポツダム広場」に加え「冬のベルリン」「赤い絨毯」「風景」の4作品が展示されました。モネやゴッホなどの有名な画家の絵画の展示の中に、あえて日本で無名のユリィの作品を入れるのは、企画展開催側としては集客や来場者のニーズを考慮すると勇気が必要に思えます。しかし、イスラエル博物館の強い意向に沿った結果、ユリィの作品を入れることになったそうです。


【参考記事】【探訪】一躍人気のレッサー・ユリィ 独特の作風がコロナ禍の人々の心に響いた? 「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展(三菱一号館美術館)で注目(美術館ナビ 2021年11月28日)


ユリィはユダヤ系の画家であり、ドイツやイスラエルでは有名ですが、日本で知られたのはごく最近のことです。

作品が支持された理由として、アンニュイな空気が漂う陰りを帯びた表現が、コロナ禍で先行きが見通せない時代に生きる現代日本人に受け入れられたのではと言われています。



5.ピストル自殺を遂げたドイツの画家エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーは、ドイツ表現主義の代表的存在として知られている20世紀前半のドイツの画家です。


普通教育に進んで欲しいという両親の意向で工科大学にて建築を学んだあと、ミュンヘンの画家オプリストに師事して絵画を学びました。

その後、大学時代の友人とドイツ表現主義の芸術集団「ブリュッケ」を結成し、リーダー的存在として活躍しました。

「ブリュッケ」の画家たちは、共通の表現スタイルや主義を持っていたわけではなく、学術的な芸術に反発する若手芸術家の集まりでしたが、20世紀の近代美術革命で大きな衝撃を与える表現主義というスタイルを確立させました。

キルヒナーは劇場のステージをテーマにした作品として、「日本の演劇」を生み出しています。



コメント


bottom of page